今回は、社会人院生が陥りやすいワナーその1として、
仕事と学問の「視点の違い」をご紹介します。
前回、仕事世界と学問世界は地続きではない、と言いました。
では、どのように違うのでしょうか?
多くの社会人院生に立ちはだかる壁のひとつは
学問と仕事の「視点」はずれていることに
気づいていないこと、
です。
学問は、
「今、問題になっていること」「これまでの研究に不足していること」
を見つけることに主眼がおかれます。
つまり、視点は「今」あるいは「過去」です。
一方、多くの仕事は、
「今ないもの、サービス」を新たに生み出すために、
「今できないこと」をクリアしていこうとします。
ウォークマンができたから、
歩きながら音楽を聴くという新しいスタイルに若者が魅せられて、
購入を促しただけでなく、音楽を気軽に聴く習慣が普及しましたよね。
「今ないもの」でも、刺激すればニーズになりうるものを見つけ、
それを実現するために技術を開発し、
新しい商品やライフスタイルを提案して、
多くの人に受け入れられていきます。
この場合、視点は「未来」にありますよね。
仕事では、目指すべきビジョンに向かって、現実を変えていこうとするのです。
この視点のまま、学問世界に入ってしまった社会人は、
研究テーマを考えるときに、こう考えてしまうのです。
「『理想のあるべき社会』を実現するには、どんなことが必要だろう?」
これの何が悪いの?と思ったあなたは、
まだ学問世界のOSになっていないかもしれません。
『理想のあるべき社会』を追い求めるばかりになると、
「理想論」や「べき論」に陥ってしまい、
現実の状況やこれまでの研究内容を丁寧に把握することを
おろそかにしてしまいがちです。
もちろん、社会を変えたいという思いがあるのは、
仕事も学問も同じです。
違うのは、そのための手続き。
学問世界では、
まず現在の問題がどんなものか、
どんなことに人びとが困っているのか、
これまでの研究では十分に解明されていないことは何か、
を丁寧に把握することが求められるのです。
そうして、多くのデータをもとに問題をあぶりだした上で、
ほんのちょこっとだけ、
「こうしたら社会が良くなるかもね」ということが
いえる(かも)しれないのです。
(ジャーナリストの方や雑誌編集にかかわっていた方は、
学問世界にスムーズになじんでいるので、
こうしたものの見方を会得しているのでしょうね)
社会人院生のみなさん、
大学院入学後は、
「未来に視点をおく」という見方をいったん封印し、
「現実」や「過去」と真摯に向き合うことを
ぜひ意識してみてください。
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